忙しくて買ったまま聴いていなかった
ファンキーモンキーベイビーズのCD、
「ヒーロー/明日へ」をやっと聴くことができた。
ホーム最終戦の時、オーロラビジョンで流されたあの曲だ。
初回限定版B(中山の顔写真がジャケットに入ったもの)には
中山が出演しているPVが入ったDVDがついている。
フィクションであることは重々わかっていながらも、
おや? という人が出演しているとか、卒業年がちがうのではとか、
岡部町(藤枝?)ならバスは遠鉄じゃなくて静鉄では、とか、
高校時代のユニフォームは藤色の方がいいんじゃないとか、
ある意味つっこみどころ満載で、笑っちゃう部分もあるのだが、
「中山雅史」へのリスペクトと、丁寧に作った感が伝わってきて、
彼が磐田を去るこの時期に聴くと(見ると)ちょっとウルっと来た。
中山の「磐田卒業に向けての送る歌」・・・かな。
(所属レコード会社から投稿された動画なので、著作権的には
OKだと思いますが。)
年別アーカイブ: 2009年
多忙期に、ちょっとブレイク
年末の多忙期に入っているが、先週でそのピークが過ぎ、
この週末は久しぶりにのんびりできることになった。
昨日は前の職場のみなさんに声をかけていただき、飲み会。
元城町のリッチモンドホテル向かい、「きなこ」を訪れた。
古民家を改装したレトロな内外装(解体前のわが家のよう)に、
体にやさしい健康志向のメニューのお店だった。
サクッと上がった蓮根のチップスと自家製蒲鉾の前菜から始まり、
お刺身、黒ゴマの利いたサラダやサクサクの天ぷらは
おいしくありながら体にやさしいという印象だった。
メインは鶏肉や野菜、冬らしく牡蠣の入った蒸し鍋。
鍋といってもお湯(ダシつゆ?)を張った鍋の中に
蒸し器が置かれ、下から上がってくる蒸気で素材を蒸すという
別府の地獄蒸しのような要領だ。
つゆの味が素材にしみず、また素材からダシが出ない分、
ポン酢やにんにくしょう油やごまだれなどに付けていただく。
あっさりしていて、素材そのものの味がしっかりと感じられる。
素材が蒸されて出た、旨みのあるしずくを下に貯め、
その汁を使ってシメは雑炊。おいしくいただけた。
油揚げを生地にしたピザなど、変わり種メニューもあり、
(これまた、生地がサクサクしておいしいのだ。)
話のネタづくりにも使え、楽しめる、そんな店だった。
すっかりと落ち着いてしまい、気がつけば22時過ぎだったが
今回もこちらの店へ。
今回も楽しんだ。少しずつ勘も戻ってきたみたいな気が・・・。
ホント、いつもいつもすてきな店を探してきてくれて、
Nさん、どうもありがとう。また楽しみにしてます。
15回目の鎮魂、追悼、復興祈念。
先週末の神戸戦@ホムスタは夕方にゲームが終わったのだが、
名古屋行きのぞみ号の指定席は、あえて最終を予約した。
せっかくこの時期神戸に来たのなら、
「神戸ルミナリエ」なるものを一度見ておきたいと思ったからだ。
これまでにも神戸遠征の折には、観光ポイントを回ってきたが、
こればかりは、この時期でなければ見られない。
例年仕事の多忙期と重なり、訪れることはできずにいたが、
今回はせっかくの機会。元町から行列に加わり会場を目指した。
すごい人だが整然と整理されているのにある意味感心。
そしてすごい数の電飾。デザインも設営も大変だったろう。
きれいな灯りに心を打たれながらも、思うのは込められた祈り。
遠方からの観光客は趣旨を知らないまま、
年末のイルミネーションという認識でいる人も多いのでは?
東遊園地の灯りを見上げて、あの日、あの時を思い浮かべた。
震災から学んだことを、我々静岡県民も引き継ぎ、
生かしていかなければならない。
まもなく15年。来年もその日はやってくる・・・。
「帰るべきだった場所」
2日間かけてこの姿。
がれきの山と、周囲に漂う埃、
そして、へし折られた古木から漂うにおい。
物心ついてからずっと「帰るべきだった場所」だった家が
このように姿を変えてしまうと、
いかに朽ちて、もはや限界だったとはいえ、何とも言えない。
これで、これまでの「帰るべきだった場所」は消えた。
この場所もやがて道路に変わり、新たな町づくりのために
都市の一部として造り替えられて、生かされていくこととなる。
私も新たな家を「帰るべき場所」に造り替えていかなければ。
「当たり前にそこにあったもの」
新しい家に引っ越して1ヶ月以上が過ぎたが、
いよいよ古い家を取り壊すことになり、
明日、業者さんが作業にかかることになった。
昨夜は遅くまで古い家に残っていたいろんな物を
捨てる物とそれでも新しい家に移す物に仕分けし、
廃棄物用コンテナに放り込んだり、運んだりした。
最後に、子どもの頃から過ごした自室で
部屋の雰囲気、窓からの景色などを記憶にとどめながら
缶ビールを一杯。
あんなボロ屋でもこれでお別れかと思うと寂しいものだ。
先週末に続いて夜ではあったが、デジカメでパチパチ。
記憶だけでなく、記録にも残した。
明日、仕事から戻る頃にはまだ完全に解体は終わらないにせよ
その原形はかなり失われていることだろう。
この冬は中山だけでなく、もう一つ、
私にとって「当たり前にそこにあった(いた)もの」を
失うことになった。