で、どこに寄ったんだっけ?

私の卒業した大学がこのたび創基150周年を迎えたそうで
同窓会の地区役員をしている関係で御招待をいただいて、
静岡市で行われた記念式典に出席してきた。
(もはや伏せる必要もないかと思うのでオープン(´`:))


別に招待を辞退してもよかったのだけれど、、
大河ドラマの時代考証もしてきてブラタモリにも出る
「あの名物歴史先生」が記念講演を行うことを知って、
ぜひ聞いてみたいと思ってグランシップに足を運んだ。
「人が学び、育つ」ことを戦国大名と絶妙に関連させて、
それがいかに大切な営みであるかを熱く語ってくれて
いいひとときを過ごすことができた。
また、この大学で仲間や素晴らしい恩師たちとと共に学び、
過ごした時間は自分にとってかけがえのないものだ、
ということを改めて実感した。
さて、帰り道・・・どこかに寄ったっけ!?
何か見たっけ。あまり記憶がないなぁ……(-_-)


まぁいいか。思い出せないし。
夕方からは、かつて職場で御一緒させていただいた方と
新居関所近くの「味楽酒房ほうせん」へ。
まずはシャキシャキ長芋サラダとお刺身盛り合わせから。


久しぶりにゆっくりとほうせんさんへ寄らせてもらったな。
いいひとときだった。
だからこそ、その中間の「途中下車」した先での
「失われた記憶」が何とも言えず、やりきれない。

忘れないこと、寄り添うこと、備えること



外海です。太平洋です。
ここを訪ねたのは昨年の夏。雨上がりの風が強い日でした。
なのになぜか、波は穏やかでした。
海にはサーファーの姿も見られました。
でも15年前の「あの日」は、全くちがっていました。
この海が人々を襲いました。命を、日常を奪いました。
あの三角屋根の建物の2階まで、波が襲ったそうです。
そして林の向こうの「あの建物」にも波が押し寄せました。
その結果、その後長い間、この見えている範囲は
人が立ち入ることができない地域となってしまい、
住んでいた人たちも戻ることができなくなりました。


今もあの林の向こうに立ち入ることはできないままです。
そんな「あの日」から15年が経ちました。
かつての日常は、未だ取り戻すことができていません。
私たちにできることは、忘れないこと。寄り添うこと。
そして自分事としてとらえて、備えること。
今日は日中職場に半旗を掲げ、夜は防災訓練へ。


「忘れませんよ(´`:)」
でも、同じ事がこの街で起きた時、
間違いなく適切に行動できる自信は? 備えは?
決して十分とは言えない、だから不安なのです。

DAZNは一応NHKには「分けた」のに

明治安田J2・J3百年構想リーグ EAST-B 第5節
磐田 1-1(PK5-6) 藤枝
@藤枝総合運動公園サッカー場 (DAZN)


川島の神通力だって、いつまでも続くわけではない。
毎試合、毎試合、「PKなら勝てる」というわけでもない。
そもそもこの結果は後半相手が一人少ないにもかかわらず
何もできずに終わった、ということがすべてではないかな。
とにかく、決定力がない。
そして攻撃時にゴール前にどれだけ人が入っているか。
藤枝の同点弾はそこから生まれたよ。
磐田は最終ライン裏を突くというのはいいけれど、
ゴール前に入ってくるのは一人だけ。
シルバのあのゴール以外はホントに決められなかった。
フロント。本リーグ開始前にやること、わかってるよね。

WBC? 台湾戦も日韓戦も見ています。一応リアタイで。
家族の中に、ネトフリに入っている者がいるので。
だけど、地上波、BS、一切放映を認めず。
ライブビューイングも公認以外は認めず。
これってどうなのか。
一時はネットへのテキストでの感想のアップも認めない
なんて方向性を出して撤回したが、あり得ない。
ネトフリの、そして主催者のこの姿勢に、納得いかず、
まずはこちらでWBCについて触れるのは考えようと思う。
一応、DAZNはNHKに「分けた」よ。この姿勢だよ。
おかげで免疫力向上ウォークから帰宅してから
WBC始まる前までに知久屋の焼鳥、黒はんぺんフライと共に
ビールいただきながら観られたしね。苦いビールだったけど。

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