“RAINBOW IN MY SOUL”

すごかった、台風。
いつもの台風なら、窓から外の風雨を見ながら
テレビの台風情報と照らし合わせて
その変化を「楽しむ」ぐらいの余裕があるのだが、
昨夜は違ったもの。
屋根が引きはがされるかと思ったし、
実際、うちのすぐそばの街路灯は風で倒れてしまい、
暴風雨の中、役所の人が来て片付けていた。
何事もなくて本当によかった。
夜が明け出勤し、停電の中で被害状況を確認していると
同僚たちが外で盛り上がっている様子。
何だろうと出て行くと、これ。

ステキ!!!
こんなにハッキリと大きく見えるのっていつ以来だろ。
忘れられない朝になった。

やればできる「10番」

Jリーグディビジョン1 第28節
磐田 2-1 柏 @日立柏サッカー場

いい記憶のない日立台。
実際、流れ的には決してよいゲームではなかった。
どフリーのフランサに決められるあの追いつかれ方なんて、
何も進歩していないという感じだった。
このまま勝ちきれなかったら、もしもう一発食らったら、
あの失点は悔やまれるものになると思い始めたところで、
期待していなかった10番の決勝ゴール。
前に顔出すことができるじゃないか。
そこから長かったが、タイムアップの笛に歓喜!!
本当によかった。
ピッチへ倒れ込む選手、大喜びの八田、
残留に向けての大きな一歩となった。

「なぜ、東京でやりたいの? 」

残念である。
でも、その結果もわからないでもない。
昨日、ある男の子と五輪招致について話したのだが、
彼は私にこんなことを言ったのである。

「なぜ、東京でやりたいの? 」

「ノスタルジー」も「国の威信」も心の中にはない、
少年の純粋な想いから出た一言は、ある意味新鮮だった。
これは第18回大会招致の時にはあり得なかった言葉だろう。
「なぜ東京」が国民的な共通の想いになっていなかったのだ。
「世界に日本を見せる」必要がなくなった現在、
自国でスポーツの大規模な国際大会が開催されることの
素晴らしさやかける想いを国民が共有できていなかったのだ。
思えば、2002年、
「スタジアムだけでW杯をやっていた」日本。
一方、2006年のドイツは「国中、街中でW杯」を行っていた。
国民的に想いを共有できていない国に大会を持ってくることは
大会にとっても、出場選手にとっても「不幸」なことなのかも。

今回の話は、ノスタルジックでナショナリストの「お偉方」の
トップダウンで始まったといえよう。

ここに選手村やスタジアムを作って、築地市場を移して、とか
上から目線で「あのころの夢」を追ってきたが、結局、
「だから東京」というものを国内にも国外にも示せなかった。
この国に「スポーツをライブで楽しむという文化」が根付くには
まだまだ時間がかかると言うことだろう。

あの「お偉方」・・・、今後どうなっちゃうんだろ。