「このくにの行方」カテゴリーアーカイブ

すっかり「そうあるであろうもの」だと思っていた。

2011ontake

私はこの山に登ったことはない。
10年以上前、後輩に登ろうと誘われたことはあったが、
仕事の都合だったか、その時は登ることができなかった。
しかし、毎年のようにスキーで木曽を訪れる私にとって、
この山はいつも「見上げればそこにある」存在で、
ある時には、その美しさに心を癒やされ、
ある時には、そこに宿るであろう神に祈りを捧げ、
ある時には、方角を知る手がかりとなり、
ある時には、その中腹に積もった雪の上で滑りを楽しみ、
ある時には、夏の暑さを避けるために高原に身を寄せる、
そんな存在だった。
でもその山は、いつも「そうあるであろうもの」などという
私たち人間が、勝手に思い描いていたイメージから
完全にはみ出し、想像をはるかに超える力をもった、
地球という大きな生命体の一部であることを今回、
思い知らされた。
この噴火が、あと数か月後の週末に起こっていたら、
他人事ではなかったかもしれない、
そう思うと、残念なニュースが入るたびに、
何とも言えない思いが心の中に積もっていく。
2012ontake

一日も早く、行方がわからない方すべてが見つかり、
家族の元へ戻れますように。
そして一日も早く、この山の怒りが
静まりますように・・・。

木曽町役場の皆さん、警察、消防、自衛隊の皆さん、
体に気をつけてがんばってください。

「王様は裸だ!」

「国王といえども、神と法の下にある。 」

つい先日、自分の住んでいるこの国は、
選挙で票さえ取ってしまえば、
権力者をルールで縛る、
権力者であっても、ルールに従って権力を行使する
なんてことはできないレベルに堕ちてしまったんだなぁと、
情けなく思っていたところだったが、
ついに、自分の住んでいる県までも・・・。

ルールを破っておきながら、駄々っ子みたいに理屈を並べ、
情けなさの極みだ。
「王様は裸だ!」って、
みんなで言ってあげた方がいいんじゃないか?

そこがかつて水の通り道だったなんて。

20060830hiroshima-koikikouen_sta

もう8年も経つのか、と思う。
夜行バスで広島に入り、ビッグアーチを訪ねたのが
2006年の8月30日だった。
ゲーム内容は思い出したくもないので、ふれないが、
広島市街からアストラムラインという新交通システムに
ゆられて行く中で、山の麓の川に沿った谷を進みながら、
ずいぶん市街地から離れた山奥にスタジアムがあるんだな、
などと思ったものだ。
ただ、さすがに都心直結の新交通システムの沿線らしく
(もう一本、JRの可部線も通っていたのだが。)
大都市郊外の住宅地っぽく開発が進んでいて、
浜松も、かつての国鉄佐久間線計画を復活させたら
龍山、佐久間あたりもこんなに栄えたりするのかな、
なんて思ったりもした。
しかし、そのアストラムライン沿線から少しだけ
北に上がっただけのところであんな大災害が起きるとは。
(場所こそ少し離れてるし、被災地からは山向こうだが、
ビッグアーチだって同じ安佐南区だもんなぁ。)
松本遠征で通った直後に長野の南木曽町が土石流で
大変な被害に遭った時も痛々しく感じたのだが、
今回も、本当に大変だ。
自然の力の恐ろしさを痛切に感じた。
津波が怖いから高いところ?
でも高いところだって大雨で土砂災害?
一体どうやって身を守ればいいのか。
地震はともかく、こちらは最近の地球環境の変化や
自然を無視した開発とも大きな関係があるような、
そんな気がする。

ビッグアーチのお膝元が一日も早く復旧・復興し、
心からサッカー観戦を楽しめる、そんな時が
戻ってきますように。

今日の一曲

一夜明けて改めて思ったのは、
「専制君主」が「取り戻したかった」日本って、
こんな国だったんだな・・・と。

久しぶりに、学生の頃に読んだ本を引っ張り出したよ。
「政府を拘束するはずの法を、
 政府の一方的な解釈により、
 都合のよいように、
 いくらでも変えられるとするならば、
 それはもはや「法」ではない。
 このようなことがゆるされるならば、
 もはや憲法はなきに等しい」
              渡辺洋三著「法とは何か」

初版は35年ぐらい前だから、現代と世相はちがうし、
上に書かれていることも、今もめてることではなくて、
自衛隊と憲法について書かれた部分で、事情は異なるが、
ただ、この一文については時代を超えて通じるものが
あると思うんだけれど・・・。

ということで、今日の一曲。