「このくにの行方」カテゴリーアーカイブ

開会式前で「てんやわんや」

昨日は「サッカー観戦」ではなく、仕事で東京へ。
今、話題の「こちら」を訪ねてきた。


臨時国会が開会した。
それに向けて、昨日はみなさん「リハ」の真っ最中で、
「議長~~~!」と絶叫しているのを初めて聞いた(^^;)
何はともあれ、お疲れ様です(´`:)
地元出身の代議士さんも閣僚としてのポストが変わる中で
忙しいのにいろいろお力をいただいた。感謝(´`:)

ボルサリーノは何思う?



(画像は中日新聞朝刊より)
選挙で負けた以上、トップとして責任をとるというのは
ある意味、致し方ない。
ただ、前もここで述べたが、そういう結果になったのは
この方を引きずり下ろそうと躍起になっていた方々の
責任も大きかったのでは、と私は思っている。
トップだけでなく、そういう方々も含めてこの党は
国民からの信頼を失ってきたのではないかな。
「自民党が信頼を失えば、日本の政治が安易な
 ポピュリズムに堕することになる」
という一言、そのとおりだろう。
そういう意味では、次の方の責任は大きい。
と同時に、その言葉は野党第一党さんも、ぜひぜひ
自分事として受けとめていただきたいものだな。

「流される怖さ」を語り継ぐ

最寄りの警察署前の掲揚台。今日は「その日」だ。


80回目の夏。
「語り継ぐ」ことの大切さが言われている。
ただ、戦争の悲惨さや苦しさを語り継ぐのもいいけれど、
なぜそうなっていったのか、なぜ止められなかったのかに
ついても語り継いでいく必要があるのではないかな。
ならず者の「ふっかけ」に備えることは必要だが、
権力者の口車に安易に乗っかっていつの間にか作られた
危うい空気に流される、ということの怖さについても
語り継ぐことも必要だと思う。

直線4km、人の姿をほとんど見ない町で。

一夜明け、気持ちを切り替えて次の目的地を目指した。
ここまで来たのであれば「あそこ」へ足を運ばなければ。
そう思って、各駅停車で北へ向かった。


JR双葉駅で下車し、人の姿をほとんど見ない町を
シャトルバスで走り抜けてこの建物を訪ねた。


東日本大震災・原子力災害伝承館。
原発のこれからを不勉強なまま「べき論」で語り出すと
「分断」が始まり人間関係を損ねるのでまずはさておくが、
ある日突然ふるさとから何年も離れざるを得なくなって、
その中には未だ戻ることがかなわない人がいるという現実、
それにより生活や人生を狂わされた人がいるという現実、
地元での生業を捨てざるを得なかった人がいたという現実、
慣れない生活で体調を崩し命を失った人がいたという現実、
あれから間もなく15年という月日が経とうというのに、
これらのことが未だ「現在進行形」であるという現実。


(実際、シェアサイクルで町内を走ってみても
 町で人の姿を見かけることがほとんどなかった。)
そんな現実を受けとめて被災した人たちに思いを寄せ、
省みたその上で私たちがこれから進む道を考えることは
分断されているどちらの立場でも必要なことだと思う。


隣の産業交流センターから見えた「1F」の煙突。
至近距離だ。
(いずれ解体されると見えなくなるのだろうが。)
いろいろ考えさせられた一日だった。