「私たちの行方」カテゴリーアーカイブ

ボルサリーノは何思う?



(画像は中日新聞朝刊より)
選挙で負けた以上、トップとして責任をとるというのは
ある意味、致し方ない。
ただ、前もここで述べたが、そういう結果になったのは
この方を引きずり下ろそうと躍起になっていた方々の
責任も大きかったのでは、と私は思っている。
トップだけでなく、そういう方々も含めてこの党は
国民からの信頼を失ってきたのではないかな。
「自民党が信頼を失えば、日本の政治が安易な
 ポピュリズムに堕することになる」
という一言、そのとおりだろう。
そういう意味では、次の方の責任は大きい。
と同時に、その言葉は野党第一党さんも、ぜひぜひ
自分事として受けとめていただきたいものだな。

節目の年に考える。

この夏休みの間に行っておきたい場所があり、今日足を運んだ。


統廃合された県立静岡南高校の校舎を使って創設された
「ふじのくに地球環境史ミュージアム」。
これまでに滅びていった文明、生き残った文明、
その多くが「自然との向き合い方」に鍵があったのではないか。
では、私たちは自然からどのような恵みを受ける一方で
どのような厳しさと向き合ってきたのか。
そしてこれから私たちはどう向き合っていくべきなのかを
考える展示だったのではないかと思う。
ただ、こういう施設。政治のトップががどう考えるかに
左右されそうで、気がかりに思った。でも頑張ってほしい。
もう一つ、その道中、すぐ近くでどうしても立ち寄りたくなり、
また、必要もあって足を運んだ場所があった。


ここがどこかがわかる人は、「そういう人」だよね(´`:)
この左端のところにあった公衆電話ボックスはなくなってた。
私がブルース・スプリングスティーンの初来日ライブの
チケットを電話予約することに成功した伝説の公衆電話跡。
並木の木々が大きく、そして葉が増えたように思う。
このもう少し上の場所。


私が初めて「野外ライブ」を開いた場所(°°;)(ちがうか?)
でも、歌って踊って拍手を浴びたのは事実だよね(^^;)
大きく景色が変わらないのはいいことなのか、どうなのか。
でも、大きく変わっていなくてほっとした。
そして暑い中、その空間の中でいろいろなことを考えた。

いろいろな人に支えられ

すっかり夏恒例となった同級生とのカブツーリング。
例年「遠江国から出る」、そして「他国を走る」ことを
テーマに、行き先を決めて実行してきたが、今年は異色。
「遠州厄払いの旅」(^^;)
遠江国内の厄払いできそうな寺社を巡ろうという企画。
でも、実は出発前から「厄」が降りてきてトラブルが勃発。
私が原因で、本当に申し訳ないかぎりだが、出発を遅らせて
計画を大幅に縮小することで、何とか出発できることに。
(詳細はツーリング記録をアップする時にでも(´`:))
巡ったのは、まずはこちら、小国神社。


言わずと知れた、遠江国一宮。
その後は山を越え、昼食と休憩を兼ねてこちらへ。


掛川の日坂、旧国1から少し入った山中にある
「アンティークカフェ ロード」。
古い広告看板や生活雑貨、車やバイクに囲まれ、
ずっと走ってきた疲れから解放されたひととき。
美味しいカレーライスをいただいた。
その後は事任八幡宮、


そして法多山尊永寺と訪ねてきた。


例年の信州や美濃、伊勢や尾張などに比べると、
走行距離は半分程度だったのだが・・・疲れた。
酷暑と「常に太陽を正面に受けながら走る」ことが
結構体と心にとってダメージだった(-_-)
だからこそ、帰宅してひとっ風呂浴びた後の
こちらは最高(^_^)v


とんとんの美味しい料理の数々と生ビール(^^;)
体にしみこむおいしさでしたぁ(´`:)
出発前のトラブルに関わらず、実行できたことに、
そして無事に戻れたことに感謝です。

「やめられないのだ。人生は続いていく。」

2週も続けて、週末に新幹線で東京に出て、そこから
常磐線特急で遠征して泊まるというくらしをしていると
私たちの仕事は「楽をしてもうけている」ように
世間からは見えてしまうのだろうか(-_-)
これでもほかをガマンしてこっちに突っ込んでるんだけど。
さらに水戸まで行った翌日、こんな過ごし方していれば、
また私たちは叩かれてしまうのだろうか(-_-)

劇団四季「ライオンキング」東京公演 @有明四季劇場


実は昨年の関東遠征時にも観に行ったんだよね(^^;)
だからストーリーは知っているし主なセリフも覚えてる。
それでも繰り返し観に行くっていうのはやはり贅沢なのか。
でも、心にたっぷり潤いとエネルギーをもらえるんだもの。
初めてこれを観たのは25年ほど前。衝撃は大きかった。
それ以来、数え切れないほどこの舞台を観てきたが、
その時その時の自分の状況に応じて、いろいろな言葉が
心に刺さって前を向かせてくれるのだ。

「過去から逃げるか、学ぶか。」
「勇敢は、軽率とはちがう。」
(だったかな。)
刺さるんだなぁ・・・一つ一つが。
昨年ここに記したのと同じことを今回も記して〆としたい。
いくつになっても、自分の置かれている立場が変わっても
「生きていく道しるべ」になる、そう思った3時間だった。

「流される怖さ」を語り継ぐ

最寄りの警察署前の掲揚台。今日は「その日」だ。


80回目の夏。
「語り継ぐ」ことの大切さが言われている。
ただ、戦争の悲惨さや苦しさを語り継ぐのもいいけれど、
なぜそうなっていったのか、なぜ止められなかったのかに
ついても語り継いでいく必要があるのではないかな。
ならず者の「ふっかけ」に備えることは必要だが、
権力者の口車に安易に乗っかっていつの間にか作られた
危うい空気に流される、ということの怖さについても
語り継ぐことも必要だと思う。