PEACE STADIUM Connected by SoftBank その2

PEACE STADIUM Connected by SoftBank
2025年2月28日~3月2日(2泊3日)
明治安田J2リーグ第3節
ジュビロ磐田 0-1 長崎


まずまずぐっすり眠れて実質2日目(金曜を含め3日目)の朝。ホテルをチェックアウトし、市電で出発です。
駅で朝のうちにお土産を購入し、コインロッカーに荷物を預けて再び市電で大学病院前駅を目指します。

長崎大学医学部近くの山王神社二ノ鳥居。原爆で鳥居の片側が吹き飛ばされた「片足の鳥居」です。原子爆弾の爆風の強さを思い知らされます。神社にも世界の平和を願ってお参りし、被爆クスノキも拝んできました。

原爆資料館です。新しくなってから訪ねるのは前回の遠征時に続いて2回目。この街がどのようにあの朝を迎え、どういう経緯であの日、あの時刻に向かったのか、その時何が起き、その後人々はどう生きたのか・・・世界の指導者が「あの程度の人物ら」になってしまった現在、世界に何が起きても不思議ではない中で、それでもここが最後の被爆地であり続けてほしいと願いながら見学しました。

下に少し説明書きがあるとおりです。どうしたらこのようなことが起こるのでしょうか。

昨日訪ねたスタジアムシティ近くの銭座国民学校にあった階段です。よく見ると階段にあるものが刺さっています。

ガラス片が階段に埋め込まれてしまっています。前日にゲームを見たピースタのすぐそばにある小学校が1945年のあの日にはこのような状況だった、ということを思い知らされます、

雨の中にたたずむ平和祈念像。人類はこの先どうしたいのか、と語りかけているようです。

平和公園の中には、被爆当時の地層を露出させたまま保存されているところがあります。当時はこのようながれきが見渡すかぎり広がっていたのでしょう。

爆心地に来ました。果たして世界はこのままでいいのか、自分にできることは何なのか、自問自答をしたくなります。

そしてこちらも前回に続いて、お昼は「寶来軒」です。こちらでは蒸し鶏ともちろん「海鮮ちゃんぽん」(´`:)
実はあっさり系だけど「こく」が深いスープ。具だくさんで麺はツルツル。味わっていただきました。

割合ゆとりある2日目の計画だったのですが、寶来軒で席が空くのを30分以上待ったことで駅に戻ることには帰りの新幹線に向けてちょうどいい時間になりました。西九州新幹線のカモメに乗ります。武雄温泉まで30分程度、あっという間です。現時点ではそこで乗り換えなければならないので、本来は「武雄温泉行き」なのですが、行き先表示は「博多」。「リレーかもめを含めての博多行き」ということのようですが、リレーかもめはかなり古めの特急車両。かもめの最新車両との落差に少しがっかりです。

博多に到着。青白の新幹線がホームに入っているのを見ると、まだ九州にいるのにどこかホッとするような安心感に包まれます。これで帰れる、という思いです。のぞみのスピードに身を任せてぼんやりと車窓から外を眺めます。新関門トンネルへと真っ暗な世界へ潜っていきながら明日から始まる日常を想い、少しブルーになりながらの帰路でした。

〈”TRIP TO THE STADUIM”に戻ります。〉

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