
一夜明けて改めて被害の実情が明らかになってきた。
津波が堤防を越え、道路をはい、やがて家の1階に侵入し、
昨日まで人々の生活がそこにあった家を次々と押し流し、
その押し流された家々がさらにその隣の家を押しつぶし・・・。
5,000世帯水没? 10,000人が安否不明?
一つの自治体の人口の半数が安否不明なんて、
集落一つが消えたというだけでも衝撃なのに、
自治体一つが丸ごと消えてしまうなんて・・・。
私の地区では「津波は徐々に水位が増すもの」と言われてきた。
わが家は耐震も大丈夫、しかも浸水域の外なので、
地震が来ても近くから火さえ出なければ建物は大丈夫では、
と思っていたが、押し流されてきたがれきや車で
押しつぶされてしまうこともあるのだろうか、
と考えると、今回見た映像はかなりの衝撃だった。
8年前訪れた松島、その際使った仙石線、
そして今年1月に訪れるはずだった野沢温泉・・・、
何ともやりきれない・・・。
「このくにの行方」カテゴリーアーカイブ
これがアルファ米。

先ほど帰ってきた。
午後に起きた東北太平洋沖地震に伴い、津波警報が出され、
私たちも仕事でそれに対応していたからだ。
私の勤務先周辺も避難勧告が出され、多くの住民の方が
避難所に詰めかけ、不安そうに過ごしていた。
現在のところ、私の近辺では大きな被害は出ていないが
テレビからはこれは本当に現実か? とも思えるような
集落ごと流されていく映像や、数百人の遺体を発見という
本当に心が痛む情報が次々と伝えられてくる。
静岡県民としては他人事ではない。
いつ自分たちの身に起こっても不思議ではないからだ。
Jの第2節は中止になった。致し方ないことだろう。
少しでも多くの方が無事でありますように・・・。
いっぱいいっぱい

政権が取っ替え引っ替え顔を変えてると言われる責任の一端は
熱しやすく冷めやすい我々有権者にもあるのだが・・・。
それにしても、あの根拠のない強気さはどこからくるのだ?
遠のいた「感動」

「12年後、あの感動を再び」と期待してきたが、
2022年のW杯はカタール開催となり、残念な結果に終わった。
思えば5年前の元日、天皇杯決勝。磐田は準優勝に終わったが、
国立のオーロラビジョンに表示された「JFA2005年宣言」に
心が熱くなったのを今でも覚えている。
「夢を見よう、この国でもう一度W杯を開く夢を。」
まだ2002の興奮が残っていた当時、これだけでも熱くなるのに
さらには「優勝する」などという大きな夢を掲げたのだ。
その時に掲げた2050年という目標を大きく上回って、
2022年大会に立候補することになった時は本当に期待した。
02、06と2大会連続でW杯の興奮を体験した自分としては、
「この国にあの感動再び」という夢を見た。
しかし、その後の招致活動の低調ぶりにはガッカリさせられた。
招致に参加している、という報道も少なく、
そのために何か政府・国民に働きかけている様子もなく、
そんなだから当然へっぽこ政府は全く動こうともせず、
(大体最終プレゼンにどっちが出るかって、
菅直人と鳩山由紀夫が押しつけあってんだよ。腰抜けが!)
3Dパブリックビューイングとかいう単なるおまけ的な
訳のわからないものを「売り」にしただけで、
何にも盛り上がりのないままこの日を迎えてしまった。
国民も国民で「別にいいんじゃない」みたいな冷めたような
内にこもったような煮え切らない様子で、
いかにこの国に元気がないかを証明するような
しょぼい反応しかできず、情けない限りだった。
今回、アジアでの開催が決まり、間を開けるため、
次のアジア開催は最短でも2034年以降になるのだそうだ。
その頃の自分、まだ生きてるかな? 足腰立つかな?
でも自分が大丈夫としても、その頃のこの国、このアジア、
そしてこの星は一体どうなってるんだろ・・・。
代表が強くなってるかな、ってことより
もっと根本的なそんなことが気になってしまった。
「僕にはできる」(アクエリアスじゃないよ)
素敵な「非日常」はあっという間に過ぎるもので
この夏の一イベントである大宮遠征が終わった。
ゲーム内容が昨日付のエントリーに書いたとおりgdgdなので
どこかやりきれない思いを引きずってはいるが、
それでもいろいろ発見のある2日間だった。

初日はNACK5入りする前、以前にも訪れた「鉄博」へ。
前回急ぎ足で回ったため、見飛ばしたところもあり、
今回は前回流してしまったところを時間をかけて見直した。
今回も決して時間がたっぷりあるわけではなかったが
改めて鉄博の全貌をつかむことができたように思う。
ただ、展示車輌が変わらないで同じままなだけに、
見尽くしてしまうと改めてまた来たいという気は・・・。
この鉄博ブーム、いつまで続くかとふと思ってしまった。
2日目の16日、午前中は東京駅前の丸の内OAZOへ。
6月に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルを
事業仕分けで一躍有名になったJAXAが一般公開しているのだ。

既に15日に見に行ったというGDAWRX555さんから
いただいた情報をもとに、早速整理券を配布している場所へ。
並ぶことなく整理券をもらい、そのまま見学のための行列に。
待つこと20分程度だっただろうか、展示室といえる一角へ。
お皿ぐらいの大きさのヒートシールドと呼ばれる部品と、
サンプルを入れてきたと思われるインスツルメントモジュールが
ショーケースに入って展示されていた。
熱い熱に耐え、ヒートシールドの表面は真っ黒。
でも、目の前にあるものが7年間、60億キロの宇宙を
数々の苦難を越えて旅をし、地球に帰ってきたものであること、
そしてこの困難なミッションを日本人が成し遂げたということを
改めて考えると、何かグッとこみ上げるものがあった。
前日、鉄博でレプリカを目にした、東京駅にある新幹線の碑文
「東海道新幹線
この鉄道は日本国民の叡智と努力によって完成された」
これと心のどこかで重ね合わせ、前向きな気持ちになれた。