学生の頃、わずかばかり法律学をかじった自分だが、
その時に、憲法とは何かについて、
「国民を守るために、国家権力を縛るためのもの」
だと教わった。
だからこそ、国家権力は憲法の支配の下にあるべきで、
一応、我が国はその下に置かれた立憲主義の国だと
思い込んでいた。
しかし今日、「得意げな顔したこの国のリーダー」は、
おいおい若造、それはちがうんだぞ、
法の支配なんてバカバカしいものはこの国にはないし、
支配者である私がそう考えたら、それが法なのだ、
この国はそういう国なのだ、と教えてくれた。
バカバカしい。
そんな国に誇りだなんて、とんでもない。
今日ほど、この国を情けないと思った日はない。
この投稿のタイトルは、かつての経済白書の一節だが、
私が言いたいのはそういう意味ではない。
もはや第二次世界大戦の「戦後」の時期ではなく、
「次の戦争」の「戦前」の時期に入ったのでは?
そう思えてならない。
国への誇りを失った夜は、BGMにこの曲を。
昨年夏、陸前高田を訪ねた時のこと。
いろいろ思うことはあったが、一番衝撃を受けたのが
背丈に近い雑草が生い茂る荒地を彷徨い歩く中、
突然目の前に現れたこの景色だった。

今となっては全く想像もつかないが、
この場所はこの市の玄関口であるかつての陸前高田駅。
それがこの状態。
近づくまで、そこにプラットホームがあることに
全く気がつかなかったのだ。
何もかも奪い尽くす津波の恐ろしさに胸をえぐられた。
あの日から3年。
この間、私は宮城、岩手と訪ねてきたが、
まだ足を踏み入れていない、踏み入れられない、
そんなところがある。福島だ。
しかしこの国は、そんな「過去の」出来事に目をつぶり、
一国の総理が世界に向けて「管理下にある」とまで言い、
世論もそのイケイケムードに押し流され、
原発再稼働反対を唱える者は「左」で「売国奴」だ、
ぐらいの雰囲気になりつつあるように、私は感じる。
3年前に起こったこと。
その間できたことと、できなかったこと。
今、改めてもう一度見つめ直してから、
これから進む道を考えた方がいいと思うし、
それがこの辛い出来事を無駄にしないことに
なるのではないかと思う。
この投稿をアップするにあたってはいろいろ考えた。
こんなことを書くとお前は変人か、とか、
売国奴か、とか、山本太郎の一派か、とか、
そういう烙印を押されるのでは、と思って。
でもこれでは危ない、そう思いアップすることにした。

記事の内容は、私も朝の身支度をしながらよく聴く
NHKラジオ「ラジオあさいちばん」の番組の中で、
ある大学教授が原発問題についてコメントしようと
したところ、NHKによる事前の原稿チェックの段階で
発言を控えるよう求められたというもの。
ここで私が気になったのは、原発云々の問題ではなく、
NHKが、時の政権の意に沿わないような内容を
排除するということが、これから始まるのではないか
ということ。
既に新会長が物議をかもす発言で話題になり、
国会にも呼ばれて体のいい言い訳を述べているが
その新会長の意向か、ここ最近のNHKは
時の政権の意向をくむ姿勢がやたらと目につく。
何よりも新会長の
「政府が『右』と言っているものを、
われわれが『左』と言うわけにはいかない。」
という発言には、空恐ろしさすら感じる。
報道機関が国民に正しい情報を取材し、提供し、
権力者のチェックをすることを放棄するなんて。
さすが政権が多くの「お友達」を経営委員に
送り込み、まつり上げた会長の発言だけある。
そうでなくても最近は、多くの週刊誌において
男性誌、女性誌共に、政権にすり寄るような
記事が目立ち、反政権論は集中攻撃を受けている。
この国のジャーナリズムには失望するばかりだ。
ネット上でも、政権の方針と異なる方向の発言を
不用意にしようものなら、売国奴扱いされ、
殲滅するまで叩き潰される。
恐ろしい世の中になったものだ。
先日の職場の忘年会。二次会の後、後輩の
「うちで飲みましょう!」
の一言に甘えて、何と男7人で上がり込んで
「部屋飲み」「雑魚寝」「朝帰り」という、
まるで学生の頃のような楽しい飲み方をしたのですが、
後日、一緒に飲んで泊まった採用2年めの若手が、
「○○(私の職名)さんや△△(私を日頃助けてくれる
3つ下の後輩の職名)さんが来てくれるなんて!」
と嬉しそうに話すのを聞いて、ふと考えました。
4月に今の部署に今の立場として異動して来て以来、
自分自身は彼らを「後輩」だと思っていたのですが、
彼らにとって、私は「上司」だったんだなぁ、と。
今年は私自身、仕事上の立場が変わったこともあって、
私たちの「チーム」が機能するように考え日々動く中で、
いろいろなことを学ばせていただいた1年でした。
この流れは年が明けてからもずっと続いていくのですが
これまで支えてくれた人たちに心から感謝し、
今の職場がよりよい「チーム」となるように、
できうる限りの力を尽くしていきたいです。
私自身はこんなでしたが、ほかにもいろいろありました。

いいことも多かったですが、私自身気になったのは
桑田佳祐曰く「裸の王様」、
佐野元春曰く「得意げな顔したこの国のリーダー」
でもある、あの「お坊ちゃま」の「暴走」かなぁ。
そういう意味では、私自身的には今年の漢字は「憂」。
2007年の総括にも似たようなことを書いていますが
この国が、私たちの暮らしが、悪い方向に向かわないよう
祈りたいと思います。
「未来はそんなに悪くない」
そんなAKBの皆さんの歌を支えに、
ツキを呼ぶために笑顔でがんばりたいです。
どうぞ、皆様、よいお年を。
名古屋へお出かけ。お目当ては、これ。

私が20代から乗り継いできたレガシィツーリングワゴン。
それがどうも、来年でなくなるのだそうだ。
そのコンセプトに惚れて、今まで乗り継いできたが、
作り手が「おしまい」だというのならどうしようもない。
それなら、その後継車というのがどんなものなのか、
発表されているというので、見てやろうと思った。
ほかにも仕事柄、国内メーカーの新しいコンセプトの車を
見てみたい、と思い、名古屋モーターショーを見に
金城ふ頭のポートメッセなごやに向かった。
お目当ての、スバル・レヴォーグと対面。
かっこいい。
スタイリッシュというよりは、スポーティーだ。
ただ・・・やや小さいのではないか、と。
乗ってみる。ううむ・・・。
ただ、今のサイズのレガシィに乗り慣れた自分には、
どこか圧迫感、息苦しさを感じる、そんな広さだった。
「大人の事情」として、スバルがトヨタに支配される中で
その存在意義は「スポーティー」にあるかもしれないし、
その点から見ればこのコンセプトはそれに沿っている。
(実際、内装は明らかに走りを意識している。)

しかし・・・、
今のツーリングワゴンでほとんどGTが売れてない中で
これはどう顧客に受け入れられるのだろうか・・・。
(なんてふぬけたことを言ってる私は、
「走りを忘れたスバリスト」なのだろうか・・・。)
次は、アウトバックにするのか、これを選ぶのか、
これら以外の他のスバル車の中から選ぶのか、
はてさて、まさかの「スバリスト卒業」なのか、
何年か越しの宿題になりそうだ。
もちろん、スバル以外のブースも回った。
トヨタのブースは例の燃料電池車だけでなくこんなのも。

それはさておき、今回、見て思ったこと。
日本のものづくり、まだまだがんばってるということ。
ただ、消費者の方にそれを理解して消費行動に動くだけの
体力があるかというと、ちょっと、なのだが・・・。
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