「このくにの行方」カテゴリーアーカイブ

さぁ、4年後までの「シナリオ」のチェックはできたかな?

20141215day_after_general_election

結果は想定の範囲内なので、特に驚くことでもないのだが、
「得意気な顔したこの国のリーダー」である
「お坊ちゃま」が自信満々にテレビで語っていた
「この道しかない」っていうのはやっぱりどうよと思う。
(どこかで行き止まりだったりして・・・(?∀?;))
ところがその一方で、それと対峙するはずの野党第一党は、
党首が経済の専門家であるにもかかわらず
「じゃ、こっちの道はどう?」というような
対案らしいものを示すことはまったくできていなかったし、
「作った敵を叩いて人気をとる市長さんとその仲間たち」も
「身を切る改革」っていうお題目を唱えるほかは
離合集散を繰り返すばかり。
これでは、とても彼らに未来を託すことはできない。
さぁ、これからが大変だ。
4年間、「お坊ちゃま」のやることから目が離せない。

受賞、おめでとうございます。

皆さん、お久しぶりです。
あの日以来、何だかブログをアップする気になれず、
仕事するか、グータラするかして日々過ごしていました。
ところで今日、浜松西高校を訪れる機会がありました。
帰るころには陽も沈み、あたりは真っ暗だったのですが
上を見上げたら・・・。
20141211nobel

まあ、見事に青い色で・・・。
(ちなみにこの左には「祝」と赤字であったのですが。)
でも、後輩の現役高校生にとってはいい刺激になるし、
部活帰りにこれを見上げるたびに、
何とも言えない「誇らしさ」が心に宿るのだろうな、
そう感じました。
見ているうちに、こんな偉業には手が届かないまでも
私も、思いをもって自分の仕事をがんばってみよう、
そんな気になってきました。
受賞、おめでとうございます。

お見舞い申し上げます。

20061216yamada-ryokan

私が長野県北安曇郡小谷村を訪ねたのは2006年のこと。
栂池高原でのお泊まりスキーだった。
シーズンイン直後で滑れるゲレンデは限られていたが、
白馬のビッグゲレンデで思い切り楽しめる、という思いが、
自分をハイテンションにしていた記憶がある。
夜には宿から出て小谷温泉の山田旅館という温泉宿で
非常に上質なお湯の掛け流し温泉を楽しんだ。
この宿は、本館が江戸時代に建てられた木造3階建てで
宿場町の旅籠のような雰囲気をもっていて、
いつかは入浴だけでなく、泊まってみたい、
そう思っていた。
あれから8年、再び訪ねることなく今に至っているが、
そんな先週末、驚くべき災害がこの地を襲った。
長野県北部地震、被害はこの小谷村と白馬村に集中した。
ここ2年ほどは白馬方面には足を伸ばしていないが、
それまでは毎年のように訪れていた場所だ。
果たして被害はいかがなものか、と心配していたが
栂池、白馬五竜、八方、すべてスキー場への被害はなし、
前述した山田旅館も、ネット上の情報では無事とのこと。
まずは安心した。
早く余震等が収まり、雪が降る前に復旧が進むことを
心から祈っている。
今年、長野県は大きな災害で本当に大変だったと思う。
ただ、松本山雅のJ1昇格など、来年に向けて希望もある。
木曽共々、頑張ってほしい。応援している。

「2時間かけて、風呂入りに行くんじゃバカだよな・・・。」

かつて前節の対戦相手が「ザスパ草津」と名乗っていた頃、
風呂好き、温泉好きの私、m-takasuとしては
このクラブが「J1に上がる」ようなことがあったら
ぜひアウェーに遠征したいと思ったものだった。
今回、「想定外」の形で、そのクラブと
「同じカテゴリー」になり、マッチングが実現した。
しかし、「遠征がてら温泉」という私の思惑は
現実的には困難だということが分かってきた。
このクラブのホームスタジアムと温泉のある草津町は
実際には、何と50km以上も離れていること、
そして電車とバスを乗り継いで2時間以上かかること、
(ちなみに我が家から前橋までは3時間ちょっとだ。)
などが調べていくうちに明らかになってきたからだ。
(私自身の群馬県の地理についての理解が不足していた。)
とても「ゲーム後、ついでに泊まり」という距離ではない。
ちなみに、草津を地図で探すと、何とそのすぐ近くには
あの万座温泉スキー場が。それぐらい奥なのだ。
ということで、今回は草津宿泊をあきらめて、
今年話題のあの場所へ!!!
20141110tomioka

世界文化遺産、「富岡製糸場」。
あの明治時代の「殖産興業」の象徴のように、
小学校の教科書で取り上げられていた、あの工場だ。
煉瓦造りの建物は非常にレトロな雰囲気なのだが、
古っぽく造られたテーマパークのパビリオンとは異なり、
本当に年月を重ねてきた傷み感が半端ない。
100年前、世界から進んだ技術を取り入れ、
この国を先進国へと押し上げていったまさにその場所だ。
日本の繁栄の礎を築き、未来を開くために頑張った
先人たちに感謝したい、そう思えた場所だった。

遠州から、公立小中高から、ノーベル賞!!

20141008we_are_leds

私が中学生の頃、友人たちの間で
はんだごてを使って電気工作をするのが流行っていたが、
そのころLEDと言えば赤だった。
大体は「電源が入ってるよ。」という目印になるように
スイッチを入れると赤く点灯するためのものだった。
当時、自分が大人になる頃にはこのLEDが「明かり」として
使えるようになるとは思ってもいなかった。
我が家の前の交差点の信号と街路灯が最近付け替えられ、
まるで我が家をライトアップするために
付けられたかのように家の周囲が明るくなったのだが、
光源は、そのLEDなのだ。
ほかにも、今私の頭上にある電球も、ダイニングの電球も、
職場で戸締まり確認するための巡回に使う懐中電灯も、
みな、LED電球だ。
いろんな色を出すために必要だった青色LEDを
発明するのに力を尽くした中の一人、天野浩さんが
実はこの地元遠州の出身で、普通に公立小中高で学び、
その後も東京や京都でなく、名古屋大学で研究して、
その業績が認められてノーベル物理学賞を受賞とのこと。
喜ばしい限りで、地元遠州の誉れだ。
ただ、これで「さすが、ものづくりの町」とか言って
にわかに大騒ぎして地元に呼び戻したりして、
研究の時間を奪うのだけは止めてほしい。
静かに遠くから応援し、心の中で誇りに思う、
それでいいんじゃないかな。ね、浜松市さん。