「このくにの行方」カテゴリーアーカイブ

秋以降の「シナリオのチェック」は進んでるのかな?

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さあ、始まるよ。
「そんなこと、前から言ってたでしょ」大作戦が(^^;)
「美しく見える話には裏がある。気をつけろ。」って
歌にも歌われていたけれど、
耳障りのいい言葉の裏に何が潜んでいるか、
これまで以上に注意深く
「得意気な顔したこのくにのリーダー」を見ていきたい。

一応、清水区出身ということで、エスパサポなのかなぁ!?

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「日本の将来を決めに行こう」というのは
いいキャッチコピーだと思う。
今回は参院選だし、結果で政権がひっくり返ることはなく、
「政権選択選挙」ではない。
ただ、この参院選の結果によっては、次の衆院選、
遅くとも次期参院選までの間に、この国のあり方を定めた
「日本国憲法」の是非を問うことになっていく
「改憲選択選挙」につながる可能性が高い。
そういう意味でも「日本の将来を決めに行こう」とは
それはそれで、そのとおりなんだろうな、と思う。
いろんな絡みがあるだろうから、
このチラシのヒロインの画像を出すのはやめとくが
何はともあれ、静岡県出身(^_^;)
映画の中で姉役を演じたもう一人の国民的女優も
かつて県知事選のキャンペーンガールを務めたが、
あれからもう11年か・・・。
懐かしいなぁ。
もらった当時の啓発用うちわとかポスターとか、
どこにしまい込んだっけ(^_^;)

考え、そして悼むために。

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私がここを訪ねてから、既に10年が経とうとしている。
自分の中ではついこの間、という意識だが、
月日の経つのはあっという間だ。
学生時代に、そして10年前に私がここにこの身を置き、
昭和20年8月6日にその場で起こったこと、
その時、その場に居合わせた人たちの無念さに
思いを巡らせたあの場所、広島平和記念公園に、
バラク・オバマアメリカ合衆国大統領がやってきた。
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米国内からいろいろな声も聞こえてきたことだろう。
それらへの細かな配慮はしつつも、
「核なき世界」を目指すという自らの信念に基づき
広島という特別な地に足を運んでくださったことに、
そして自らの思いを温かく、しかし力強い言葉で
全世界に、未来に向けて発信されたことに、
被爆者の方と言葉を交わし、握手で、抱擁で、
未来志向で心を通わせ合えたことに、
心から敬意を表したい。

退任してからでいい。
また広島に、そして長崎にも
ぜひ足を運んでいただきたい。
そしてその時は、もう少し時間をかけて資料館を
見ていただけたらと思う。
あそこは、じっくり、思いを巡らせながら見たら
とても1時間なんてものではなく、
半日ぐらいかかる、そんな場所だから。

湯布院は、別府は、そして熊本は?

1回目の揺れに対して緊急地震速報が出た時は
ついに私たちの静岡県にも来たか、と身構えた。
ただ、その後この地は揺れることはなく、
テレビで報道された映像は九州からのものだった。
一体、九州の地下で何が起こっているのだ。
映像から察するに、1回目の激しい揺れが続いた時間は
東日本大震災に比べれば、短かったと思う。
しかし、1回目の揺れが震度7という激しさだったこと、
その後に震度5から震度6という尋常ではない余震が
絶え間なく続くことが、被害を次々と大きくしている
のだろうと思う。
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熊本は大学の卒業間近に大切な友人たちと旅をした時
熊本市を拠点に宿泊をして、レンタカーを借りて
島原、天草、阿蘇山と九州巡りをしてきたが
(その阿蘇も危険な状態のようだが)
それ以来、訪ねたことはない。
昨年、一昨年とロアッソ戦への遠征も考えたが
スケジュール的に合わず、断念してきた。
ただ、学生最後の旅の時に勇姿を誇っていた熊本城が
あのような状態になっているのには衝撃を受けたし
次々と入ってくる悲しいニュースには、
地震県に住む私たちにとって他人事ではなく
心が痛む。
熊本ばかりでなく、隣接した大分を震源とした
大きな余震も起こっているようで、
湯布院からの報道映像は、つい5か月前に訪ねた時の
私の中でまだ記憶に新しい、あの景色のあの場所が、
今現在は大変厳しい状態となって映し出されていて、
何とも言えない気持ちにさせられた。
行方がわからない人たちが無事に救出されますように、
揺れが収まり、被災地の皆さんが一日でも早く
落ち着いた生活を取り戻すことができますように。
お見舞い申し上げます。
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「想い続ける」

「あの日」から5年の月日が経った。
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私にできることは何だろう。
私がしなければならないことは何だろう。
私が考えなければならないことは何だろう。

無念にして命を絶たれた人々の分まで生きるために
常に「備え続ける」ことだろうか。
自然の力に対して謙虚であること。
海沿いに住む者として、意識を高くもち続けること。
支え合えるコミュニティの仲間とのつながりを
日頃から確かなものにしておくこと。
それから・・・。