5年に1度は忘れやすい。



連休も残り2日。終了に向けてカウントダウン。
「令和」に向けてのカウントダウンとは異なり、
物憂げでさびしい。
ということで、今日はもう遠出はなし。
家に籠もって、ずっと懸案事項だったアマチュア無線局の
局免の更新に向けて作業をした。
数年間放ったらかしだったから、その間に制度自体も
だいぶ変わっている。
電波形式の表記が訳のわからないものに変わるなど
「?」だが「スプリアス確認保証」ってのが一番わからない。
要は、電波障害の恐れ、ということを持ち出しながら
古い無線機をなるべく廃棄させ、使わせたくないのだろう。
一昨日、埼玉に行く前に秋葉原に寄って、
最新の機械などの情報を少し集めて、買い換えも考えたが、
そうそう使う機会もないので、JARDに保証料を払えば
引き続き使用を認めてもらえるという、保証リストにある
144と430のハンディ機のみを残して、他のバンド分の
機械を「撤去」するという変更申請をまず出した。
変更申請では有効期限は延びないので、変更後に
改めて、今度は更新申請をしなければならないが
致し方ない。
まだ半年以上あるので、一つ一つ段階を踏んで
すっきりさせていきたい。

いのちはめぐる。

昨日の浦和戦の後、都内に宿泊。
しかし今朝は早起きして6時前にチェックアウトした。
行き先はこちら。


皇居。
当初、午前中は都内での予定を入れていなかったのだが、
宮内庁からこの日に一般参賀を行うとの発表を受け、
急遽予定に組み入れ、まだ薄暗いうちに宿を出た。
荷物をコインロッカーに収め、トイレをしっかり済ませ、
和田倉門交差点に並んだのは6時半ぐらいであったか。
過去3回の参賀の中では突出して早い並びだった。
(そりゃそうだ。今まで朝家を出ていたわけだから。)
そのおかげか、午前10時からの1回目の参賀の30分前に
宮殿前に。まずまずの位置を確保できた。
そして、お出まし。


陛下として初めて宮殿ベランダの中央に立たれたお二人。
即位後、初めて一般国民の前に立った瞬間だ。
表情も穏やかでありつつ、どこか強い思いが感じられた。
お言葉の中で、我々国民の健康を気遣ってくださったが、
両陛下こそ、ぜひともお身体を大切にされて
末長く御活躍いただきたい。
それにしても、参賀参列者は14万人とのこと。
単純計算で、国民100人に1人以上がここに来た計算だ。
ということは、関東周辺在住者にとっては、どれだけの
割合でここに来ているんだ!?と思ってしまった。
参賀終了後はこちらへ。

大井町に移った劇団四季「夏」劇場。「ライオンキング」。
今季J1の日程が発表になった後、この連休の浦和遠征を
考え、それとセットでと、2月末にチケットを確保していた。
12年ぶりだと思う。
前回見た時から、自分もいろいろ変わった。
父を亡くして、家を引き継いだこともあったし、
職場での立場も変わった。
シンバがどんな思いで王位を継承する覚悟を決めていくのか、
それを感じたくて座席に座った。
いや、圧倒されまくりの素晴らしい3時間弱だった。
ただ、いのちのつながり、という面はあまりに大きくて、
今回だけでは受けとめきれない自分だった。
またいつか、なるべく間を開けないでもう一度、
ここを訪れてみたいと感じた。
また、今回は久しぶりに「青山ラフィキ」だった。
青山弥生さんの力強く澄んだ「サークルオブライフ」、
そして「お前の中に生きている」、心に響いた。
「マンマ・ミーア」での「ダンシングクイーン」も
よかったけれど、やっぱり青山さんはこれだな。
いいひとときだった。
朝から一般参賀、午後はライオンキング、
「つなぐ」ことの大切さ、難しさを感じながらの一日で、
そんなことをいろいろ考えての帰りの新幹線だった。

たまにはこんなことでもないと。

2019明治安田生命J1リーグ 第10節
磐田 1-0 浦和 @埼玉スタジアム2002(Live)


「勝つ」ってこんなに爽快なことだったのだ。
しばらく、かなり長いこと忘れていた。
だって、ライブで勝つ瞬間を見るのは、去年の11月、
広島に勝って以来、半年ぶりだ。
(プレーオフは、勝利の瞬間はスタジアムにいなかったし。)
ここに至るまでカミンの勇気と好判断で何点防いだことか。
キーパーがビッグセーブでゴールを死守し合う形が続き、
「カミン対西川」って感じになっていた。
あわやPKという場面をオフサイドに救われる、なんて
シーンもあった。
そんな中で終盤に訪れた、あのビッグチャンス。
今までだとあのバックパスをかっさらうってのは
うちがやられてきたことだし、
仮にあのようにキーパーと1対1になっても
キーパーに防がれて「ハイそれまでよ」って感じだった。
実際、今回だって西川は手に当てているし。(危ねぇ)
でも、ロドのキックがよかったんだな、
本当にいいところにいい形で決まってくれた。
埼スタで5万近い赤い集団が静まり返るって、
そして対照的に数千の水色組が盛り上がるって、
なんて気持ちいいんだろ。
でも、これで終わっちゃいけないんだな。
ここを始まりにしなきゃ。
「ここから始まる磐田の反撃」なのだ。
トンネルから出たら、またその次はトンネルなどという
ここを「新神戸駅」にしてはいけないのだ。

神話の世界、そしてナナちゃん。

令和元年2日め。10連休も折り返した。
買い物の予定もあったのでちょっと出かけてみようと、
名古屋に出かけた。
買い物の前に立ち寄ったのは、こちら。


熱田神宮。
なぜ、熱田神宮なのかと言えば、それはやはり草薙剣。
(天叢雲剣〈あめのむらくものつるぎ〉)
三種の神器の一つで、(御所にあるのは形代とのこと。)
古代より熱田神宮の御神体とされてきた。
皇位継承の今こそ、ここに行っておきたいと思い、
子どものころ以来、久しぶりに参拝した。
令和の時代、衰えや老いと向き合っていかねばならない
現実を受け、自らの健康と安全を心を込めて祈願。
その後は、買い物のために名駅周辺へ。


ナナちゃんも「令和」モード(^^;)
やはり前回のような崩御による皇位継承と異なり、
どこか街全体、お祝いムードという感じ。
10連休ということもあって、今年は2回正月が来たようだ。

人に寄り添い、自分と向き合う「令和」



祝・改元、令和元年スタート!!
あいにくの曇り空で、初日の出は見ることはできなかったが、
初詣の時と同様に、近所の神社に参拝するとともに、
剣璽等承継の儀、即位後朝見の儀をテレビで見て、
陛下の「初」お言葉をうかがった。
「常に国民を思い、国民に寄り添いながら」という一節は
まさに上皇陛下が平成の間に取り組まれてきたことで、
象徴天皇としてのあり方の根幹に関わるところだと思う。
徳仁天皇陛下もそれを引き継いで御自身も追究されていく
姿勢をこのお言葉で明らかにされたものと受けとめた。
激務であると思われるので、ぜひともお身体を大切にされて
末永くお務めされることを願いたい。
自分に関して言えば、平成の時代は社会人、大人として
自分を育てていただいた時代であったが、
これからの令和の時代は、社会人人生の総決算の時期となる。
今の立場でこれからの時代に何ができるか。何をなすべきか
上皇陛下が模索し、現天皇陛下が受け継ごうとしている
「人を思い、寄り添う」姿勢を自分も習っていきたいと思う。
また、もう一つ。これは自分にとって難しいことになるが、
自分の衰え、そして老いと向かい合い、それを受けとめて
いかなければならない時代にもなると思う。
このくににとっても、自分にとっても、
決して簡単な日々にはならないと思うが、前を向いて
一日一日大切に過ごしていこうと思う。

令和元年5月1日 m-takasu.net

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