「このくにの行方」カテゴリーアーカイブ

僅かでも可能性があるのなら。

東征から帰還。ただ、勝ち点という名の戦績はなし。
これで成績としての可能性も、内容の改善の可能性も
ほぼ絶望的といっていい状況になってしまった。
また、鋸山へのお礼+残留祈願参りは今回は延期。
それでも奇跡を信じて神にすがるのは「あり」だろうと考え、
昨日、宿のチェックアウト後に「ある場所」へと出かけた。

東京駅で八重洲南口から高速バスに乗車。
東関道を東へ1時間と少し。千葉県香取市。

訪ねたのは下総国一宮、香取神宮。
天照大神から命ぜられて、大国主から現在の日本である
葦原中国(あしはらのなかつくに)を譲り受け、
平定したという経津主大神(ふつぬしのおおかみ)を
御祭神としている、神武天皇18年創建の由緒ある神宮。
仕事も含め人生全般の開運に御利益があるとのことだが
ここは武道をはじめ「勝運」の神としても有名。
今こそ行かねばとこちらの拝殿と奥宮に参拝した。
さらに、今回は人生で初めてこのようなものを書いて奉納。

「健康安全」はドックが終わったばかりの自分だが、
これからも健康で、ということで併せて(^^;)
その後は駅に向かい、「鹿島線(!?)」に乗車。

利根川を越え、常陸国、茨城県へ。
そう、あの鹿島アントラーズのホームタウン、
鹿嶋市の鹿島神宮駅に到着した。
サッカー観戦でなくこの街を訪ねるのは最初で最後かも。
目的地はこちら。

常陸国一宮、鹿島神宮。神武天皇元年創建。
武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)が御祭神で、
先ほどの香取神宮の経津主大神と共に葦原中国平定に活躍し、
日本書紀などの神話の中でも香取神宮と通じていることと、
古代蝦夷平定の「武神」でもあるので訪れた。
以前鹿島戦の観戦で来た時にも参拝したことがあるのだが、
あれからもう7年も経つのかと思うと時の流れの速さを痛感。
しっかり磐田のJ1残留を祈ったが、さすがに鹿島のお膝元。
絵馬に残留祈願を書くのはためらわれたので、参拝のみにした。

さて、いずれの神宮も台風の爪痕が各所に残っていた。

これは香取神宮の森だが、鹿島神宮も「要石」方面は
倒木の危険のため、参道を閉鎖しているところもあった。
幸い電気は来ているようで、屋根のブルーシートも
目立たなかったが、本来行きたかった鋸山方面はまだまだ
電気復旧まで2週間近くかかるとか。本当に大変だと思う。
改めて早い復旧・復興を期待したい。

そして、いつの日か、この香取・鹿島両神宮と鋸山、
さらに京都の藤森神社、全てに「お礼参り」に行ける日が
来ることを心から願って・・・。

お礼参りはいつの日か、2シーズン分!



今日は人間ドックでした。
「叩けば埃が出る」年齢になってきたこともあり、
(叩かなくても(^^;)!?)
この数日憂鬱でしたが、何とか保健師のおねえさんからの
「ありがたいお話」だけですみました。
ということで、明日は川崎フロンターレ戦。
心置きなく等々力に駆けつけられます(^_^)v
ただ・・・、実はこの数日でいろいろなことがありました。
川崎戦後、ナイトゲームで最終新幹線に間に合わないだろうと
横浜のなじみのカプセルに宿をとり、
翌日は、アクアラインで千葉に向かおうと思っていました。
しかしそのカプセルが「漏水」で休業になったとの知らせ。
宿の変更を余儀なくされました。
そもそも、川崎遠征なのになぜ横浜のカプセルに泊まって
千葉に行こうと考えていたかというと、
昨季最終節の川崎戦に破れ、プレーオフに回ることが
決まった後、一晩途方に暮れて泊まったのがそこでした。
その時、アクアラインで海ほたるに行ってみたい、とは
思っていたのですが、プレーオフに向けて何か「願掛け」
のようなことをしたいなぁとネットを見ていたら、
「鋸山」



のことが出てきて、そうだ、ここで修験者の如く
山中を祈って回ろうと思い立ったのでした。
そして、内房線で浜金谷へ回り、鋸山へ。
それは日本なのに中国かインドか、というようなところで
残留を祈ることで心も洗われ、気持ちも立ち直り、
そして翌週、磐田はプレーオフに勝利したのでした。
そして今季を迎えたのですが・・・。
「そういえば、お礼参りに行ってない。」
それが気になり始めたのは、この夏ぐらいからでした。
だからよくないことが続いているのか?
お礼申し上げると同時に、もう1回すがってみたい、
そう思い、ドックの結果が悪くなければ再び千葉を訪ね、
同じルートで鋸山に行ってこよう、そう思っていたのでした。
しかし・・・。
「台風15号が千葉に大被害。大規模停電。」
嫌な予感がして、ニュースやネットを注視しました。
そして鋸山がある富津市や鋸南町が大変なことになっていて
とても今、素人が観光で訪ねられる状況ではないことを
思い知らされました。
観光で訪ねることで復興支援、という思いで東北も訪ねた
自分ですが、さすがに今富津というのはムリかな。
ということで、お礼参りを見送らざるを得なくなりました。
お礼と願掛けができないのが残念ですが、
残留を決め、いつの日か改めて鋸山を訪ねてみたいと思います。
それから、一日も早くの停電をはじめとする被害からの復旧、
そしておいしい海の幸を生かした観光をはじめとする復興を
願っております。
「がんばれ、千葉!」

酷暑の中、半周歩いて挫折。デカい。

今回の関西遠征は、吹田でのナイトゲームだったので、
最終新幹線に間に合うことが厳しく、お泊まり遠征に。
ということで、空いている2日間の昼間はいろいろお出かけ。
1日目のゲーム前はこちら。


何だかわかります!? じゃ、もう一枚。


どこの神社だよって!? 神社かといわれると、ううむ。
確かに、祀られてる人は神格化されてるし。
でも神社かと言われると・・・。


上からの画像。でもやっぱりわからないかなぁ。
これは堺市役所の展望室からの画像というのがヒントかな。
イマドキの教科書的名称は「大山(大仙)古墳」。
堺市などが用いてる呼称は「仁徳天皇陵古墳」。
誰もが子どものころ、歴史の学びの入口で出会っているはず。
いずれにせよ世界最大級の墳墓で、周辺の古墳群と共に
この夏、世界文化遺産として認められた、あの前方後円墳だ。
周辺は開発が進んでいるが何とか保存、管理を期待したいし、
可能であれば調査研究、そして堀の水質浄化を進めてほしい、
ちなみにこんなものもいただいてきたよ。


JR百舌鳥駅近くの「花茶碗」。
引き戸を開けてビックリのこぢんまりしたお店。
おしゃべり好きなおばさんと、お手伝い好きのお孫さんで
やってる、アットホームな空間だった。
商標登録されてるというここならではの「古墳カレー」。
いただいてみると、程よい辛さに深いコク。
聞いてみるとリンゴ、バナナ、そしてこの季節はイチジク、
ほかいろいろ、すりおろして入れているとか。
いやはや、おいしくいただきました(^^;)
これから大勢の人が押し寄せるでしょうが、それと真逆の
このほのぼのとした空気感の中で頑張っていただきたいです!

未だわからない。


あれから2日。
まだ自分の中でこの出来事を受けとめられずにいる。
何をどう考えたら、こういうことができるのだろうか。
世間を騒がせたいのなら、犯行後の世間の反応を見たいはず。
また、日ごろから上流階級の子どもが気にくわないのなら、
犯行後に「犯行の結果」を自ら見つめ直して、
そこで「歪んだ自己肯定感、自己陶酔感」を味わうはずだ。
しかし直後に自ら命を絶ってしまうというのなら、
自分の行いに対して騒ぐ世間を見られないし、
犯行に及んだ自分自身に対して自己肯定も陶酔もできない。
それなのに、自らの命をかけてまで犯行を行うという
奴の発想が理解できなかったし、今も理解できない。
どうしたら防げるのかも考えてきたが、現時点での考えは
「防ぐ方法は思い浮かばない」。
だって、あのやり方で突然襲いかかられたら、
警察官やガードマンを50mおきに通学路に立たせても
マンツーマンで保護者がついて送迎していたとしても、
防ぐことはできないと思う。
となると、二度とああいう奴が出てこないように
どんな社会を作っていけばいいかを考えるしかない。
しかしそれは社会のシステムを変えることであり、困難だ。
何ともやりきれない。

いのちはめぐる。

昨日の浦和戦の後、都内に宿泊。
しかし今朝は早起きして6時前にチェックアウトした。
行き先はこちら。


皇居。
当初、午前中は都内での予定を入れていなかったのだが、
宮内庁からこの日に一般参賀を行うとの発表を受け、
急遽予定に組み入れ、まだ薄暗いうちに宿を出た。
荷物をコインロッカーに収め、トイレをしっかり済ませ、
和田倉門交差点に並んだのは6時半ぐらいであったか。
過去3回の参賀の中では突出して早い並びだった。
(そりゃそうだ。今まで朝家を出ていたわけだから。)
そのおかげか、午前10時からの1回目の参賀の30分前に
宮殿前に。まずまずの位置を確保できた。
そして、お出まし。


陛下として初めて宮殿ベランダの中央に立たれたお二人。
即位後、初めて一般国民の前に立った瞬間だ。
表情も穏やかでありつつ、どこか強い思いが感じられた。
お言葉の中で、我々国民の健康を気遣ってくださったが、
両陛下こそ、ぜひともお身体を大切にされて
末長く御活躍いただきたい。
それにしても、参賀参列者は14万人とのこと。
単純計算で、国民100人に1人以上がここに来た計算だ。
ということは、関東周辺在住者にとっては、どれだけの
割合でここに来ているんだ!?と思ってしまった。
参賀終了後はこちらへ。

大井町に移った劇団四季「夏」劇場。「ライオンキング」。
今季J1の日程が発表になった後、この連休の浦和遠征を
考え、それとセットでと、2月末にチケットを確保していた。
12年ぶりだと思う。
前回見た時から、自分もいろいろ変わった。
父を亡くして、家を引き継いだこともあったし、
職場での立場も変わった。
シンバがどんな思いで王位を継承する覚悟を決めていくのか、
それを感じたくて座席に座った。
いや、圧倒されまくりの素晴らしい3時間弱だった。
ただ、いのちのつながり、という面はあまりに大きくて、
今回だけでは受けとめきれない自分だった。
またいつか、なるべく間を開けないでもう一度、
ここを訪れてみたいと感じた。
また、今回は久しぶりに「青山ラフィキ」だった。
青山弥生さんの力強く澄んだ「サークルオブライフ」、
そして「お前の中に生きている」、心に響いた。
「マンマ・ミーア」での「ダンシングクイーン」も
よかったけれど、やっぱり青山さんはこれだな。
いいひとときだった。
朝から一般参賀、午後はライオンキング、
「つなぐ」ことの大切さ、難しさを感じながらの一日で、
そんなことをいろいろ考えての帰りの新幹線だった。